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2011年1月3日
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爪弾く心



シンのハープの音を聞いたのは、最後はいつだったでしょう。
レイは窓から見える、木の陰に座るシンを見つめながら、小さく呟いた。
どうだっただろうな、とルカがレイの体を抱きしめながら応えた。
レイはそんなルカの温かい腕の中で、その優しい心を震わせて涙した。
漏れるように聞こえるレイの辛そうな声に、ルカはただただ、抱きしめる他なかった。
脳裏に浮かぶのは、朱色の美しい天使であり、自分が信頼を寄せる相手。
何故お前はこんな選択をしたんだと、血が滲むほど強く唇を噛んだ。







そろそろ日が暮れる、それを伝えるように鳥達の歌がやみ始めた。
徐々に色を変えていく世界に、シンはその金色の瞳を細めた。
繊細な眼鏡の向こうで細められた瞳は、どこか紅色に染まり始めた空の向こうを見つめている。
彼の水色の流れるように美しい髪が髪に遊ばれるように揺れ、彼の華奢な肩を撫でる。
いつもは結わえているその髪は、ただ背に流され、風の思うがままに舞う。
その膝の上に置いてある分厚い本に手を乗せ、シンはその桜色の唇を僅かに開いた。

「  」

何かを言葉にしたかのように、その開いた唇は僅かに動いた。
しかしその場に広がる声は無く、風の木の葉を揺らす音のみが広がる。
最後の鳥ももう巣に帰ったようである。
それに気がついたのか、シンはその瞳を一度閉じると、ゆっくりとした動作で立ち上がった。
膝の上にあった本を左手に持ち、そして眼鏡の位置を人差し指で直せば、クルリと体をレイの家へと向けた。
ヒラリと水色の髪は光を反射しながら、まるで水面のようにキラキラと輝きを放ち揺れる。
それに相反するかのように、彼の金色の瞳は闇にあるかのように、まるで光がなかった。
レイの家へと歩む彼の後ろで、空は鮮やかな紅色に染まっていく、まるで誰かの髪のように。



*  *  *



「あっ!!シンそれ俺にも回してくれ!」

ガイの大きな声に反応し、シンは苦笑を浮かべながら手の中の皿をガイへと渡した。
それをガイはサンキュと笑いながら嬉しそうに受け取る。
レイの家での夕食は相変わらず賑やかであり、また並べられた料理も絶品であった。
クルリと、様々な料理の乗せられたテーブルを囲むように皆は座り、それぞれの皿に料理をちょっとずつのせて食べる。
見ればゴウとガイの皿の上には、他の皆よりもはるかに多くの料理がのせられていた。
そんな彼らは料理を味わっているのかどうなのか、すごい勢いで口に運んでいた。
レイはそんな様子に呆れたような、怒っているような口調で一言二言言う。
もちろんレイのその言葉に、ガイは何―!とキバを伸ばしていた。
ルカは彼らのそんな様子にククッと喉の奥で笑いながら、果実酒を口に含む。

「お前達は、相変わらず仲がいいな。」
「そっそんなルカ!どこかですか!?」
「そうだそうだ!!何でこの状況でそう思うんだよ!!」
「むしろこの状況から、そう思うんだと思うんだがな。」

今日もいつものように食卓は賑わい、シンはいつものようにそんな様子を笑みを浮かべて見ていた。
その手に果実酒のグラスを持ちながら、時たま思い出したようにグラスを唇にもっていった。
そんな彼の横でユダは嬉しそうに笑みを浮かべ、時たまククッとそのテノールの声で笑いを漏らしていた。
彼の鮮やかな朱色の髪が笑うたびに揺れ、美しい蒼色の細められる。
その美しい蒼色の瞳に移るのは、黒い髪の天使であった。

「ねぇいつか一緒にそこに行こうよ、ねぇユダ?」
「そうだなシヴァ、ぜひとも行ってみたいものだ。」

整ったその顔に浮かべられた、美そのもののようなユダの優しい笑みに、シヴァは幸せそうに頬を染めながら、うんうんと何度も頷いた。
ユダはその様子に満足したかのように、笑いながらシヴァの頭を撫でた。
そんなユダとシヴァの様子をシンは目の端で見つめていた事に、彼らは気がついてはいない。
ただレイとルカのみが、心配そうにシンを見つめていた。



*  *  *



夜風が冷たい。
シンは一人夜の森の中を一冊の本を手に歩いていた。
僅かな風に揺れる木々に耳を傾けながら、目指すのは夜の湖。
彼は毎晩のように、“あの日“から、あの湖の側で夜を過ごすようになっていた。
木々の音色も、風の肌を触れるソレも、どれもかもそこでは優しかった。
何より、湖に映る月の影が今にも消えそうなほど儚いのに、何故かとても安心させてくれた。

それに、あそこは幸せな記憶が満ちている。

それもこれも“あの日”からは、ただの美しい思い出、まるで幻影にも似たモノになってしまった。
月明かりに照らされた湖に来ると、シンは一本の木の下に腰を下ろした。
そして手に持っていた本は膝の上にのせ、その本の上に手を重ねるようにしてのせる。

「・・・今日も月が綺麗ですね・・・」

上げた目に映った月に、僅かに目を細めると微笑をシンはその顔に浮かべた。
何処と無く儚いその表情、繊細な眼鏡の奥で虚ろな金色の瞳。
それはレイの所での食事の時の顔とは全くといっていいほど違うものであった。
そこには生気はなく、今にも呼吸を止めてしまう、そのような薄い存在となっていた。
水色の美しい髪が、それに相反するように艶やかに輝くばかり。

「・・・・・・・わたしは、何時までこのように・・・」

呟いた言葉は表れた直後に、月の光に消えた。


 * * *

「・・・・!?」

いつものように木に背を預け、シンは本を読んでいた。
けど、めくったページに目を滑らせていたシンは、近くに慣れ親しんだ気配を感じて、顔を上げた。
これは-その気配の人物をすぐに思い浮かべ、シンはどうしようかと辺りを見回し、それから慌てるように立ち上がった。
思いのほかその知る気配は早くココに向かってきていた。
できるならば今夜もこの湖の側で過ごしたかったが、しかしこの気配の人物とはここでは会いたくはなかった。
早くこの場から立ち去るのが得策であろうか、けどわたしが彼の気配に気がついたのだ、もう彼はわたしに気がついているだろう。
そう考えると、今ここでここを立ち去るのは不自然かもしれない、そう考えると足は自然とそこに釘付けされるように動かなかった。
それに心の奥底で、彼に会いたいという心が、誤魔化せないほどにあったのも事実。
しかし、何故彼がわざわざここに来ようとしているのだろうか、困惑に本をもつ手に自然と力が入った。



「・・・シン・・・」

そうやって、気配が近づいてくるのを待っていると、木々の間から彼の姿が現れた。
その口から発せられた私の名に、酔いそうになるのを堪えながら、微笑を浮かべた。

「どうなされたのですが、このような夜中に・・・ユダ?」

シンは瞳に描き出されるだろう己の感情を隠すように目を閉じ、不自然な笑顔をユダに向けた。
ユダはそんなシンをどこか悲しそうな表情を浮かべ、しばらくの間見つめていた。
二人の間を流れる空気は重く、そしてぎくしゃくしたもの。
そんな二人の間の沈黙を破ったのは意外にもシンであった。

「・・・・くしゅん・・・」

小さなクシャミの音と共に、シンは自分の口を手で覆った。
そんなシンの肩に、ユダはすかさず自分の上着をのせた。
僅かに触れたユダの温かい手に、シンはその頬を桜色の染め、それから小さな声で礼を述べた。

「今夜は冷えるからな、そのような薄着では寒いだろう。」

耳元で聞こえるユダの、優しい声色。
シンは高まる心音に、今にも全ての感情を吐き出しそうな唇に、上着を握る事で誤魔化そうとした。
これではまるで、私とユダの出会いのようだ、そう思えばなおさら、胸は疼いた。

「それよりもユダ・・・何か用事があったのではないですか?」

こんな夜更けにこの湖に来るなど、とシンはユダに顔を見せる事無く問うた。
それにユダは、あぁと同意を示し、しばらくの沈黙の後、そっとシンの髪に触れた。
結わえる事なく背に流されるようにされていたシンの水色の髪に指を滑られ、その柔らかい感触に微笑を浮かべた。
シンはビクリと肩を震わせたが、ユダはそれに気がつかないフリをし、何度も髪を梳くように指の間を通り抜ける髪の感触を味わった。

「・・・お前の髪にこのように触れるのも久しぶりだな・・・シン・・・」
「あっ・・・貴方とこのようにお話をするのも・・・久しぶりですよユダ・・・」

それもそうだなとユダは笑うと、シンの髪から指を離した、それにシンはホッと一息をついた。
けれど次の瞬間、ユダはシンの首筋に触れた、それにシンは驚きすぐさま離れようとした、けどそんなシンをユダはその腕を掴んで止めた。

「すまない、驚いたか?」
「あっ・・・いっいえ・・・」
「最近お前が髪を結わえていないようだから、新しいリボンをプレゼントしようと思ったんだ。」

これだと差し出されたのは、前に頂いたのに似た、白いリボン。
それを見たシンの表情は今にも泣き出しそうになっていたが、ユダからはその表情を見ることはできなかった。
ユダはその美しい顔に、優しい笑みを浮かべ、そっとまたシンの髪に触れた。

「結わえさせてくれないか・・・シン?」

囁かれる、ユダの胸振るわせる美しい声が、わたしの心をえぐり涙させる。
こんなにも、貴方の優しさが苦しく、そして残酷だなんて夢にも思わなかった。
わたしが何故髪を貴方がくれたリボンで結わえる事ないのか、それを貴方は理解していないのですね。

「・・・・・・・ユダ・・・」
「ん?どうかしたのかシン?」

わたしではなくシヴァの横で、楽しそうに嬉しそうに微笑む貴方の姿。
そんな貴方の姿を毎日のように見なくてはいけないわたしの気持ちを貴方は分からないのですね。
前までは、今シヴァがいる位置にわたしはいた。
貴方の横で、貴方と共に歩みながら、時間を共有していた。
貴方はそして誓ってくださった、わたしに貴方の時間をくださると。
けど、貴方はその約束も忘れ、わたしにくださった誓いをわたしではなくシヴァに与えている。
その笑みもその優しさも。
どんなに貴方を恨んだことか、きっと貴方は知らないのでしょうね。

木々が揺れる。
風が頬をなでる。
月明かりが闇を、美しく涙するシンの横顔を照らした。




「・・・貴方は、残酷なお人ですね・・・ユダ・・・」




それでも貴方を愛して止まない。
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「ごめん」 8000キリリク

わりぃ・・・・・・




慰霊碑の前、アイツの名を見つめていた。
深く刻まれた、消える事のない名。
そっと慰霊碑に触れると、まるであの時のアイツの様に冷たかった。

気がつけば、5年前のあの日は一番最後に書かれていたアイツの名の下には、他にも何人かの名前が追加されていた。
全てアイツと同じように散ったもの。

どれだけ、俺と同じように、涙をこの前で流した者がいるのだろうか。
どれだけ、俺と同じように、刻まれた名を呼び続けた者がいるのだろうか。

「・・・アスマ・・・」

人差し指でアイツの名をなぞりながら、静かに呟いた。

どれだけアイツを想っても、どれだけアイツの名を呼んでも、意味ないのに・・・

「シカマル。」

呼ばれた名に振り向けば、いつものように優しい笑みを浮かべて、カカシさんがいた。
俺をあの日から誰よりも心配してくれた人。
アスマの遺言にあったらしく、この人はずっと俺を支えてくれた。
今俺が涙しないで此処にいるのはこの人のおかげかもしれない。

「カカシさん・・・どうしたんですか?」

こんな所で、と歩み寄る。
いつのまにか身長が伸びた俺は、カカシさんよりちょっと小さい程度となっていた。
昔は見上げていた事ももう思い出せない。

「いやだな~シカマル~ 今日は一緒に任務だって事忘れちゃった?」
「ちゃんと覚えてますよ。でもまだ1時間後ですよね?」

ちょっと拗ねたように言うカカシさんに苦笑した。
この人のこういう所は昔から変わらない。
いつもクールな中で、こういった子供のような事をする。
それがきっと畑カカシの魅力の一つだろう。

「シカマル?・・・もしかして時間読めなくなっちゃった?」
「え?・・・」

首をかしげ、ちょっと冗談ぽく言うカカシさんの目が、その声とは裏腹に不安に揺れていた。
それに気がつき、即座に時間を確認した。
見れば、もう集合時間5分前。

「・・・あ・・・」
「シカマルはいつも10分前に来るから、どこかで迷子になってるのかな~って探しにきたの」

でも迷子の小鹿ちゃんになってなくて良かった、と冗談を言うカカシさん。
けど、俺の頭を撫でる手は、意外にも微かに震えていた。
心配をかけてしまった。

「あっ・・・すみません・・・」

俺らしくない事だ。
時間を忘れてしまうぐらい、アイツの事を考えてしまうなんて。
そんな事、もう最近ずっと無かった。

「そんな事言ってないで、早く集合場所行こうか」
「あ・・・はい・・・」

腕を引っ張られて、アイツの名に別れを言える事なく、その場を後にする事となった。




集合時間になっても来ないあの子。
そのぐらい誰でもあるだろう、そう片付けてもよかった。
けど、あの子の事をずっと側で見てきたせいだろうか。
今シカマルが何か悲痛な叫びを上げているような、そんな気がした。
それに、アイツの命日も近い。
あの子の心が不安定になっていてもおかしくなかった。

同僚にすぐに戻ってくると言い、すぐさまあの子のもとへ向かった。
別にあの子があそこに居るとは限らない、そう思ったが、何故か居る気がした。
足は自然とあそこ、慰霊碑へと向いていた。

「シカマル。」

案の定、そこにあの子はいた。
冷たく、何一つ応えてはくれない慰霊碑の前、何も言わずに立つ姿。
振り返ったあの子は驚いているようであった。
そんな様子のあの子へと、いつもどおりの笑みを向ける。

「カカシさん・・・どうしたんですか?」

そう言いながら歩み寄るシカマル。
シカマル。
俺がずっと昔から想い続けている相手。
けど彼はアスマの恋人。
その全てが、俺の親友のアスマのもの。
そして、俺があの日からアイツの代わりに守り続けている大切な人。

あの日、アイツの命日となる数日前。
アイツは俺に一つの封筒を渡してきた。
それが遺書である事はすぐに分かった。
忍なら普通皆書くものだから、それほど気にする必要もなかった。
俺は黙ってそれを受け取り、そして生きて帰って来いと伝えた。
そんな俺の言葉に、アイツは笑いながら、おぅと言った。
まさかそれがアイツとの最後だとは、正直考えていなかった。
忍は死と隣り合わせに生きている。
それは分かっていた。
少なくとも、分かっていたつもりだった。
けど、アイツは、あの子、シカマルが居る限り、何故か死なないような気がしていた。
それは俺の勝手な考えであったようであるが。

アイツの遺書を開く時、ガタガタと手が震えて、なかなか上手くいかなかった。
いつものアイツからは想像ができないほど、綺麗に折られた三つ折の白い手紙。
そこに綴られていたのは、謝罪とシカマルを頼む、ただその二つ。
綺麗な手紙とは反対に、えらくアイツらしいその文面。
きっとアイツの事だ。
シカマルには手紙の一つもないのだろう。
アイツは自分のせいで人が悲しむ事など絶対に嫌だろう。
早く自分の事など忘れてほしい、そんな単純な事を考えているのだろう。
アイツはそういう奴だ。
単純で不器用で優しい。

アスマの馬鹿と、その手紙を握りつぶしながら泣いた。
そして約束した。
これが最後の涙だと。
そしてアイツの大切なものを守ることを。



でもある日突然、人生の分岐点が訪れる。



「シカマル。」

読書をしていたらカカシさんの声が上からした。
本から視線を上げると、そこにはちょっと怒った様子の顔。

「・・・カカシ・・・さん?・・・」
「・・・何度夕飯だよ、って言えばいいのかな~?」

にっこりと飛び切りの笑顔のカカシさん。
正直怖いので、そういう顔をしないでください、と言いたい。

「あー・・・すみません。」

本を横に置くとソファから立ち上がろうとした。
けど、その動作がカカシさんによって妨害された。
何だろうと視線を上げれば、目の前には綺麗な瞳。

「っ!?」

驚いて後ろに下がれば、ソファに邪魔されバランスを崩した。
そんな俺の上からカカシさんが覆いかぶさってくる。
腕と腕に挟まれ、身動きがとれない俺にゆっくりとその整った顔が近づいてくる。
ゆっくりと、ゆっくりと。
あと数センチでキスされる、そんな所まできたとき、カカシさんの動きが止まった。
そして、その瞳が細められたかと思うと、微かな笑い声が聞こえた。

「シカマル・・・こういう時はちゃんと押し返さなきゃ、駄目だよ?・・・」

じゃないと襲われちゃうよ、と言い離れた。
俺はそんなカカシさんの様子にポカンと、口を開けた状態で止まってしまった。
そんな唖然としている俺が面白いのか、楽しそうに笑いながら台所へと戻っていった。




俺はその姿が消えると、ゆっくりと頭を抱えこんだ。

「・・・」

俺はなんで反応できなかったのだろうか。
カカシさんの言うとおり、普通だったら押し返すものだ。
あのままいっていたら、俺はキスされていた。

「・・・」

そっと自分の唇に触れると、目を閉じた。
俺は、押し返さなかったのじゃない。
押し返せなかったのだ。
あの瞳を見た瞬間、体が麻痺したかのように動けなかった。
きっと、それはあの人の潜在的な怪しい魔力のようなものなのだろう。

「・・・」

そうさ、俺にはアスマだけなのだ。
俺が愛しているのはアスマだけ。
俺がほしいのはアスマだけ。
いつまでも一緒にいたいのはアスマだけ。
抱きしめてほしいのはアスマだけ。

「・・・」

一つも今は叶わないけど・・・




台所へと戻ると扉を閉めた。
そして足が力をなくしたように、背を戸に預けながら、その場にペタリと座りこんだ。
顔が燃えるように熱い。

俺はいったい何をやっているんだ。
さっき自分がしてしまった事が、何度も何度も頭の中を往復する。
そして、間近で見たシカマルの顔が頭から離れない。
その濡れた桜色の唇も。
その美しく光る漆黒の瞳も。

「・・・」

欲しい、そう思った。

いくら否定しようと思っても、自分の感情は誤魔化せない。
俺は確かに、あの子の全てを自分のものにしたい、そう思った。
何故突然。

震える手で口を覆いながら、ゆっくりと深呼吸をする。
収まらない動悸。

俺は前からシカマルの事が好きだった。
本当に大事であった。
けど、好きだという感情の前に、あの子はアスマのもの、そういう考えが先にでた。
それが俺のシカマルへの想いを違うものへと変えていた。
俺はアスマのようにシカマルの側に居ることはできない。
いやむしろ、したくない。
俺はアスマじゃない。
アスマの代わりとなる事はできないし、なりたくもない。

シカマルは今もアスマの事を愛している。
それは明らかだ。
そしてその想いは消える事はないだろう。
シカマルもアスマと同様に不器用だから。

さっきも俺は最初は冗談のつもりだった。
ちょっと困らせてみようかな、とその程度にしか思っていなかった。
きっとすぐに怒った顔をするか、困ったような声をあげるだろう、そう思ったから。
けど、違った。
シカマルは何もせず、ただ俺の事を見つめるばかりだった。
その瞳は、まるでアイツに向けるのと同じようだった。

ダンと強く床を叩いた。
腕を痛みが伝わる。

そんなわけないだろうと、唇を強くかむ。
少しでもそんな風に考えてしまった自分に腹がたった。
そしてその考えを払うように頭を左右に強く振り、ゆっくりと立ち上がった。
足元がふらつく。

「・・・大丈夫だ・・・」

きっとさっきのは気の迷いだ。
気持ちを誤魔化せないまま、俺は食卓についた。

あと少しでシカマルが入ってくるだろう。
それまでにいつもどおりの笑顔を作らなければ。
ふぅと長く息を吐くと、頭の中を空のようにするようにした。
それは人を殺める前に似ている。
そしてスッと目を扉へと向けた。
あの子が入ってくれば笑顔を作れる準備を完了する。



ガチャガチャと皿を洗う音がする。
布団の中でうずくまりながら、その音に耳を傾けた。
結局夕飯を食べに食卓まではいけなかった。
夕飯はいらないと言い、部屋に入ってしまったのだ。
カカシさんの作るご飯は美味しいのに、申し訳ない事をしてしまった。

けど、今は顔を見れない。
自分がどうしてしまったのか、理解できない。
自分がいったい何を考えているのか、分からない。

布団の端を手でギュと握ると、そっと布団から頭を出した。
どうやら皿洗いは終わったらしく、音がしない。
ホッとしてゆっくりと息を吐いた。
けど、どこか自分の中でひっかかる、違う感情があった。

でもきっとこれは何かの勘違いだ。
早く忘れてしまおう。
明日にはいつものように笑顔で挨拶しよう。
いつも通りの日々に戻ろう。
そうだ、それが一番いい。
俺にとっても、カカシさんにとっても。

自分に言い聞かせるようにすると、早く寝てしまおうともう一度布団に戻ろうとした。
けど、その瞬間トントンと音が静かな部屋に響く。

「・・・シカマル・・・ちょっといいかな?」

紛れもなくカカシさんの声。
扉の向こうから俺に呼びかける声。
優しい穏やかな声。




食卓で座ってまっていたが、あの子はいらないと言い、姿を見ることはなかった。
それは良い事なのか、どうなのか。
手元にあった箸を転がしながらボーと考えていた。

目の前にはもう既に冷えた夕飯。
俺の分と、シカマルの分。
そして今日の夕飯を少しずつ乗せた、小さな皿とタバコ。
アイツのためのもの。
あの日から欠かさず続けているから、もう習慣となってしまったようだ。
あの、アイツが消えたあの日から。

俺はどうしたらいいのだろう。
気の迷い。
そんな言葉でさっきは終わらせようと思った。
けど、考えれば考えるほど自分の気持ちが、誤魔化しようのないものだと分かってきてしまう。

簡単に言ってしまえば。
俺はシカマルが好きだ。
そしてあの子の事がほしい。
これは確実のようだ。

アイツのために用意したタバコを手にとる。
俺とは銘柄の違うそれに俺はいつも文句を言っていたっけ。
苦いとか、そんな事を。
サイドテーブルからライターを取ると、口に挟んだタバコに火をつけた。
タバコの先が赤く染まる。
その様子を見つめながら、ゆっくりと吸った。
やはり苦い。

「・・・やっぱりこれ美味くないよ・・・アスマ・・・」

そう呟くと立ち上がった。




聞こえてくるのはカカシさんの声。

気がつけば、その声に誘われるかのように扉の前にいた。
右手はドアノブを掴んでいた。
それをひねれば、目の前にはカカシさん。
俺を支えてくれた優しい人。
俺をアスマ以上に大事にしてくれた人。
やっぱりこの気持ちは誤魔化せない。
俺はカカシさんが好きなんだ。
その声を聞いて、俺はようやくわかった。
この気持ちを忘れてしまう事なんかできない。

俺はゆっくりと時計回りにまわした。

けどその動作は途中で止まった。
聞こえたのはアスマの声。
もう消えたはずのその優しい声。

『シカマル』

俺を呼ぶ声。

「・・・アスマぁ・・・」

声が耳から離れない。



ドアノブから手を離すと、崩れるようにその場に膝から座った。

なんで今更。

唇を強く噛んだ。
この扉を開ければ、俺を助けてくれる人がいる。
その腕の中でなら、俺はきっとアスマの事を忘れられる。

強く噛んだ唇から血がにじみ出る。
口内に染み渡る鉄の味。

何で今更アスマの声がよみがえるんだ。

目をつぶれば、さらに鮮明になるその声。

「・・・カカシ・・・さん・・・」

震える声でその名を呼ぶ。
そして俺はもう一度ドアノブを掴んだ。


                * * *


あれから十数年。


カカシは一つの墓の前に立っていた。
手には彼岸花。
彼のために用意したものだ。

「・・・もうあれから何年もたったね・・・」

しゃがむと、刻まれた大切なその名前を指でなぞる。
そしてそっと、その前に花を置いた。

「俺も歳とっちゃったなぁ~・・・」

ゆっくりと微笑むその表情は、あの頃と変わらない、優しいもの。
むしろ年月を経て、さらに柔らかみをもったようだ。
そんな彼の耳に、僅かな足音が入る。
忍らしい、あまり足音をさせないその歩き方。
彼もかなり成長したようだ。
その事が嬉しくて、思わず笑う。

「おぃカカシ。」

後ろからの声。
それと合わせて立ち上がる。

「遅かったね。」

振り返った先には、すっかり大人となったシカマルの姿。
右手は腰に当て、左手にはカカシと同じ彼岸花。

「急に暗号解読を頼まれてな。」

ほんとめんどくせーぜと、変わらないセリフ。
そんな彼の様子にカカシは苦笑する。
やっぱりあまり成長していないかもしれないと思った。

「お疲れ様奈良上忍。」
「その呼び方やめー」

カカシの横に来ると、墓へと花を投げた。
そしてポケットからタバコの箱を取り出し、それも放り投げる。
一本だけ残しておいたタバコに、慣れた様子で火をつけ、吸う。
吐き出した白い線はアイツの事を思い出させる。

「・・・あれからもうけっこう経ったな。」
「・・・そうだね。」

ゆっくりとシカマルが微笑んだ。



あの日。
互いへの気持ちに気がついてしまったあの日から。
彼らは別々に住むことにした。

シカマルは本家へと帰り。
カカシも、もとのアパートへと戻った。

アスマの事を忘れられないし、忘れたくない。
だからカカシさんとは一緒にいれない。
あなたは優しすぎるから。

そう言ったシカマルの言葉に、カカシは黙って頷いた。
深くは聞かない。
でもなんとなく分かった。
そんなシカマルの気持ちが。
感情なんて説明できるようなものじゃない。
それは分かっていた。
自分もそうだから。



「さてと。そろそろ行くか~」
「どこに?」

タバコを指で挟むとカカシへと視線を向ける。
するとカカシはとても楽しそうに指を一本上げた。

「パーティーだよ。」

そんなカカシの言葉に、シカマルは眉間にしわを寄せた。
この人はいったい何を企んでいるのだろう。
そんな事を考えている目。
それに気がついたのか、カカシはさらに楽しそうに笑う。

「『奥様聞きましたか~?あのドベ2の奈良シカマル君が、奈良家の当主になったそうですよ~』
祝いパーティーだよ。」
「とっても長い名前ありがとうございます。」
「俺センスいいでしょ?」
「抜群ですね。」

うんざりとした表情のシカマル。
そんな事も気にせずはしゃぐカカシ。

「それじゃ~皆待たせてるから行こ~」

シカマルの腕を掴むと、走り出した。
そんなカカシのせいでよろけながらも、シカマルは腕を掴まれながら走った。

「まったくアンタは・・・」
「惚れ直した?」
「どこからそうなる・・・」

指で挟んでいたタバコの火を指で消すと、そのへんに放り投げた。

そして盛大なため息をついた。




アスマが死んで十数年。

色々な事が変わった。

二人の関係。
二人の生活。
それぞれの人生。

けど一つだけ変わらない事がある。


それは二人、そしてアスマのみ知る事。





{atogaki}
8000hit のキリリク「カカシカ」でした。
那枯乙様、キリリクありがとうございました。